【鹿児島・薩摩川内】脱原発イベントのご案内

★ 川内原発再稼働抗議行動

  毎週金曜日 午後6時~7時
  JR川内駅前(九州電力川内営業所前でしていましたが、駅前に移動しました)
  





2011年12月15日木曜日

2011年・川内原発周辺のまとめ(ウミガメ編)

そろそろ今年もおしまいなので、この一年を振りかえろうと思います。

まずは、今年、薩摩川内市に産卵に来たウミガメについてです。


・・・・・・・・・・・上陸産卵個数・・・・孵化個数・・・・・

寄田海岸   2459個(24頭)  1566匹
久見崎海岸  559個(5頭)    416匹
唐浜海岸   1738個(14頭)  1062匹
西方海岸    360個(3頭)   101匹


前の年だけ比べても意味がないかもしれませんが・・・2010年はこうでした。


寄田海岸   1998個(17頭)  1210匹
久見崎海岸  3261個(25頭)  1823匹
唐浜海岸   2194個(18頭)  1203匹
西方海岸    524個(6頭)   356匹


久見崎海岸の産卵がとても減っています。
久見崎海岸は以前のブログでも紹介しましたが、
川内原発の北側。
3号機増設予定地です。

     2010年12月22日水曜日「ウミガメが産卵に来る浜」





















 

2010年の記録を見ると、
25頭のうち20頭が、埋立て予定地に産卵をしています。


埋立てが始まったらどうなるのだろうと心配していましたが、
2011年は、埋め立てが始まっていないのに、

5頭に減りました。

薩摩川内市でウミガメボランティアをされている方の話だと、
ボーリング調査のせいではないかということでした。
ボーリング調査は5,6か所。
海の中でも行われていたということでした。



反対に川内原発南側の寄田海岸の産卵が増えています。
こちらは、原発の温排水の排出口側でもあります。
久見崎のボーリングを避けて、寄田に行ったのか?、
原発からの温廃水が温かいのでそちらがよかったのか?
・・・よくわかりません。



着工しなくても、調査などでじわじわと生態系は変わっていくのかもしれません。
埋立てがはじまるころには、カメは1頭も上がってこなくなっているかもしれません。



一方、唐浜、西方海岸は薩摩川内市の北の方で、

海水浴場にもなっているところです。
こちらも少しずつ減っています。




原発の両岸、寄田、久見崎海岸では、
海水浴もサーフィンもする人はいません。
サメが来るからだということです。
ウミガメ調査員さんも、たびたびサメの死亡漂着を目撃されています。
私も、2月の九州最大の海岸清掃のときに目撃しました。
(釣りをする方はいらっしゃいます)

  
     2011年3月1日火曜日 久見崎海岸のお掃除をしてきました






以前紹介した「MBCウミガメール」 は、今年3月なぜか終了してしまいました。

今は、県のホームページで、
市町村別の過去15年間のウミガメ上陸状況
を見ることができます。

海岸別の過去15年間の上陸状況を見ることはできないでしょうか?


鹿児島県はウミガメ保護条例がありますから、
調査でウミガメの産卵をじゃますることは、ひょっとして条例違反ではないですか?


 



 
































今回私がいただいた上陸、産卵状況のデータは、
薩摩川内市のウミガメボランティアさんに教えていただきました。

新幹線の川内駅を降りて、車で20分くらい来ただけでウミガメに出会える浜があるんです。
大阪からも直通の新幹線があります。

薩摩川内市シティーセールスサポーター
ぽっちゃん計画のみなさん、
「薩摩川内市のウミガメでまちづくり」などという企画はいかがでしょうか?

ずっと鹿児島に住んでいると、ウミガメなんか珍しくないかもしれませんが、
中国地方出身の私にとって、ウミガメはとっても神秘的で
南国情緒あふれる生きものなんです。

いるかどうかわからないカッパもいいけど、
毎年産卵に来てくれるウミガメも大切にしませんか?


2月9日、今日の海水温度は20.5度でした(1)

2月9日、今日の海水温度は20.5度でした(2)

















※薩摩川内市のウミガメボランティアさんも出演するドキュメンタリー映画が、
日本各地で上映されています。

「脱原発・いのちの闘争」

2011年10月29日土曜日

薩摩川内市の産廃処分場予定地に行ってきました

昨日(2011.10.28)は、産廃処分場建設予定地に行ってきました。
朝、友人モコさんから電話でお誘いがありました。
前日のつゆくさ会に、産廃問題に関わる方が参加され、
いろいろなお話を聞いたばかりでした。
私は9月30日にも一度行ったことがあったので2回目でした。

前回は裏の細い道から迷いながら行ったのですが、
今回はバッチリ!
一度Uターンをしただけでたどり着きました。
山道の途中に看板やのぼりが立っています。
途中の見張り小屋で見張りをしている方もいらっしゃいました。



途中に看板がいくつもあります











現場に近づくと、曲がり角に警備の方が数人。
重機が動いています。

ブルーシートの下に数人の方が座っていらっしゃる見張り小屋の近くに車を止めて、
「こんにちは~」とお邪魔させていただきました。

見張り小屋











椅子とお茶とお菓子とトマトをすすめられ、
焚火のそばに腰かけました。

炭火があったかい











簡単に自己紹介などをした後、
みなさんと談笑するモコさんを置きざりにしてひとりでお散歩してきました。

想いが書いてある短冊











木にもぶら下がっています











秋なので、木の実もたくさん見つけました。




















テントに戻るとこんなものを見せてくださいました。

きれいな石











瑪瑙(めのう)です。
瑪瑙は昔噴火したところにできるのだそうです。
この瑪瑙は、産廃予定地から掘り出されたもの。
テントの足元にも、大きな瑪瑙の原石が転がしてあります。

お昼になって数人の方がお昼ごはんを食べに自宅に帰られました。
入れ替わりに3人のおばちゃんたちがやってきました。
いっきにテントがにぎやかになりました。

このおばちゃんたちは、見張り小屋の運営費を稼ぐために
野菜を作って販売しているのだそうです。
この日も朝早くからお餅に入れるよもぎを摘んできて、
午後からは出荷する野菜のパック詰めがあるそう。

「無農薬だから毎日虫取りが大変。
すぐにレースになってしまう。
一日おきにしたらと言われるけど
野菜は待ってくれない。」
と言うようなことを鹿児島弁で言って、わははは~と笑って、
あっという間に午後の作業に出かけていかれました。


私たちはベーグルをごちそうになりました。
産廃予定地は冠嶽という山の中腹にありますが、
その冠嶽には鎮国寺というお寺があります。
鎮国寺に行く途中にある「二つ菫(ふたつすみれ)」というお店のベーグルだそうです。
美味しいパンとよいお店の情報をGETでした。
鎮国寺にもまだ行ったことがないので、
ランチ付きでお寺巡りに行くのもよいかもしれません。
「焼きたてはもっと美味しいよ~」とのこと。

自家製天然酵母ベーグル












初めはちょっとお邪魔する予定だった私たちが、
なぜこんなに長居をすることになったかと言うと、
ある方にインタビューをするためでした。

ベーグルを私たちにくださった女性が
「一人ひとりにインタビューして動画をYouTube とかにUPしたいんだけど、
計画が止まっていて・・・」
「短冊は初めひとりの方が始められた。
その人の話を聞いたときに涙が出た。
ぜひ聞いてほしい」
と言われたので、そのおじちゃんが昼食を済ませて
テントに帰ってくるのを待っていたのでした。


そして午後は、短冊を始めたおじちゃんと、
趣味が設計図をかくことという土木に詳しいおじちゃんがやってきて、
そのおふたりに急遽インタビューをすることになったのでした。
iPad 持参だけど Ust 初心者のモコさんと、
インタビュー初めての私でチャレンジ!
・・・が、Ust はできない感じ・・・。
なので、動画を撮ってきました。
編集、 YouTube も初心者なので、うまくUPにこぎつけるか・・・???
できたらお知らせします。

おじちゃんたちのお話は、驚くべきもの、
・・・というわけではなく、原発問題でよく聞く話と一緒でした。
上関でも、川内でも、福島でも一緒。
でも、私が驚いたのは、学者でも政治家でもない、
その辺で農作業をしていそうな普通のおじちゃんから
そのことばが出てきているということ。

周りのおじちゃんたちも、
「これ着て県境に何度も行ったよ」
とジャンパーを見せてくれました。
おじちゃんたちは、竹を売って見張り小屋運営資金を稼いでいるそうです。
一人ひとりが自分の問題と考えて、
一人ひとりが行動しているということがすごいと思いました。
(たまに弁護士さんに怒られるとか)

着こんで色あせたジャンパー











インタビューの後に見張り小屋の中を見せてもらいました。

湯川れい子さんの短冊












これから寒さが厳しくなるので夜もここに泊りこむのは大変なことだと思います。
日中の見張りもたいへんでしょう。


しかし、実はすでに工事は始まっていて、この日も重機が動いていました。

前回来たときは着工を阻止するために緊迫した雰囲気でしたが、
今は、始まってしまった工事を冷ややかに見つめるのみです。


もともと採石場だったこの地には、山から浸み出したがあふれ、
工事中の今も何メートルも水がたまっているのです。
これからも水が出るでしょう。

最後に私たちも短冊をかきました。
私は、給食の牛乳のことを心配しています。
薩摩川内市の子どもたちが飲んでいる給食の牛乳を加工している
県酪連川内事務所は川永野町にあります。

見張り小屋の中に











重金属やダイオキシンに加え、川内原発からも近いこの産廃には、
川内原発からの放射性物質を含むゴミも運び込まれるのではないかと言われています。
それらの物質は、やぶれたシートからいずれは地下に浸み込み、
私たちの飲み水を汚染するでしょう。

県公社が進めるこの計画に約束を取り付けても、
トップの交代や移動で、あっという間に約束は反故にされてしまいます。

これまでも何度も担当職員が変わってきたそうです。

これからもここに住み続けなければならない私たちで
この問題を考え続けなければなりません。


※「冠嶽の霊山性を守る会公式サイト」→http://kanmuridake.org/
(twitter や Ustream でも情報を発信していらっしゃいます)































2011年10月19日水曜日

「第14回 脱原発講座 小出裕章氏講演会」のおしらせ

薩摩川内市における「第14回脱原発講座」は、
京都大学原子炉実験所助教・小出裕章さんの講演会を行うことになりました。

3月に福島第一原発で事故が起きた後、4月に講演を依頼したのですが、
その時すでに予定がいっぱいとのことで10月に予約をしたのでした。
まだまだ先のことと思っていたのですが、あっという間に半年が過ぎ、
いよいよ今週末が講演会当日となりました。


前回、薩摩川内市にいらっしゃったのは1年半前。
2010年4月に行われた薩摩川内市議会原発特別委員会の公聴会のときでした。
(詳しくは→東電と福島と小出先生




今回、薩摩川内市議会の議員さんにも招待状を出していますが、
いったい何人の議員さんが来て下さるでしょうか?


脱原発講座チラシ
























このブログのイベントお知らせ欄でもお知らせしていましたが、さらに詳しいお知らせです。


と き  2011年 10月 22 (土) 18時半~20時半
ところ  薩摩川内市国際交流センター コンベンションホール
TEL  0996-22-7741
                鹿児島県薩摩川内市天辰町 2211番地1 (鹿児島純心女子大学となり)
テーマ   『 原子炉の真実 ~私たちの選択で、生命を未来へつなごう~ 』
参加料  無料

主 催  川内原発増設反対鹿児島県共闘会議
川内原発建設反対連絡協議会
後 援  グリーンコープかごしま生活協同組合 

連絡先  薩摩川内市神田町1-10 川薩教育会館1F   TEL 0996-22-3075


国際交流センター地図















薩摩川内市国際交流センターは、鹿児島純心女子大学の隣になるので、
公共交通機関を利用する方は、純心大学をめざしてきてください。


鹿児島純心女子大学 地図






















大学のアクセスマップには 最寄駅の時刻表や路線バスの時刻表もついています。
「純心女子大学」のロータリーで下車をしてください。
鹿児島市方面から純心大学を経由する高速バスもあります。
(バス利用の場合は帰りの便がないのでご注意ください)

川内駅には、今年3月に開通した九州新幹線も止まります。
新大阪駅から直通の便もあります。
(これも帰りの便がなさそうです。博多までなら帰れるかも)

車利用の方は、帰りが混雑するので、
お急ぎの方は講演後すぐに会場を出ることをお勧めします。



座席数は400人までです。
消防法の関係でそれ以上は会場に入れませんが、
ロビーのモニターで講演を聞くことができます。
チケット制ではないので、人数の把握ができていません。
確実に会場内に入りたい方は余裕をもってお越しください。


当日、Ustream中継の計画もありますが、細かいことは未定です。
分かりましたらお知らせいたします。


今回は「鹿児島連続講演」ということで、下記の会場でも講演会が行われます。

【鹿屋会場】
2011年10月23日(日)10時~12時
肝付教育会館(鹿屋市打馬1丁目1-34)
参加費:無料
主催:大隅ブロック平和運動センター、川内原発増設反対共闘会議
後援:グリーンコープかごしま生協
お問い合わせ:TEL0994-42-5145

【鹿児島会場】
2011年10月23日(日)14時~16時
13時半~ 旅芸人の楽市楽座による反原発紙芝居があります

サンエールかごしま(鹿児島市荒田1丁目4-1)
参加費:500円 大学生以下無料 (当日800円)
主催:反原発かごしまネット、川内原発増設反対共闘会議
後援:グリーンコープかごしま生協
前売りチケット:グリーンコープ店舗みらい、山形屋プレイガイド
鹿児島会場のみ託児の準備があります。小川(090-3016-0074)まで。
※託児はいっぱいになったので申し込みを締め切ったそうです。


※たくさんの方に聴いていただきたいので、お知り合いの方にお知らせしていただけると嬉しいです。

※追記 川内会場講演会の動画を見ることができます。
(おふたりの方がアップしてくださっています)

1.第14回脱原発講座 「原子力発電所の立地を認めることの意味」 小出裕章氏




2.[小出裕章氏講演会】於、薩摩川内市 7−1

2011年10月10日月曜日

福島から来た友だち(2)

「福島から来た友だち(1)」からの続き


翌日は登校日。

広島の学校では夏休みの登校日は平和教育が行われます。

私が子どもの頃も、第1回目の登校日はいつも8月6日前後。
原爆などに関する平和教育が行われていました。

3年生から6年生までの男子4人が登校します。
着替えと朝食をすませて6時半からラジオ体操。
7時には家を出ます。

学校までは約3.5km




















一気に静かになりました。
男の子たちは、朝っぱらから、少しの時間を見つけては、
カードゲームや将棋をしてましたから。

将棋の上手いS君を褒めると
「外で遊べないから・・・」
という答え。

彼は家を出るときも
「マスクをしなくていいんですか?」
と信じられないような驚いたような表情をしていました。
(前の日校庭でマスクしないでサッカーしてたんですけど、
学校に行く前は思い出したんでしょうね)

学校では平和教育として、
広島で原爆が投下されたときに被曝をされた地域の方のお話を聞いたそうです。

原爆の被爆体験を聞く5,6年生












この「短期交流プログラム」は夕食付です。
みんなで夕食を作って食べ終わったところに、私たち受け入れ家族が迎えに行きます。

家では、おふろに入って寝るだけですが、
子どもが6人いるのでそういうわけにはいきません。

独楽回しをしたり・・・、

ベイブレードというらしい











花火をしたり・・・、

た~まや~











盆踊りの練習をしたり・・・。
(これは同じ日に全部したわけではなく、
毎日いろいろしていたわけです)

東広島音頭?











そして昼間は、野外活動や、

なみ滝藤原園











広島市にある平和公園や原爆資料館の見学などがありました。(昼間は主催者にお任せ)


これは私が個人的に行ったノーモアヒバクシャウォークの写真














「夏休み短期交流プログラム」は5泊6日。

ラジオ体操をして、

夏休みといえば朝のラジオ体操











将棋をして、

朝から将棋











野球をして、

朝から野球











あっという間に時間は過ぎていきました。


お別れの日が近づくにつれて、
このまま鹿児島に帰らないで、広島の実家で6人の子育てをしながら暮らそうか・・・、
という気持ちが高まっていきました。

福島に変える前日の夜、テレビのニュース番組を見ていたら、
福島第一原発の事故のニュースが流れてきました。
あまりよいニュースではありませんでした。
Y君は「あ~、帰りたくないな~」と言いました。
本当に引きとめようかと思いました。
でも、彼らにはもっと小さな弟や妹がいます。
どうしていいのかわかりませんでした。


最後の日の朝、朝食の時間に給食の話になりました。
クラスに牛乳を飲まない子がいるという話。
S君が「前は基準値が○○ベクレルだったけど、今は○○○ベクレル」
だから安心できないと言っていました。
福ちゃん牛乳でしょ」と。
子どもの口からベクレルということばが出てきてビックリしました。
Y君は「気にしすぎる人がいる」という意見。
私は何と言っていいかわからなくて
「鹿児島でも給食が大丈夫かどうか心配しているよ」
と言ってしまいました。
学校生活で一番の楽しみであるはずの給食で、
心配したり、友だちと意見が対立したりという現状。


家を出る直前までトランプなどをしたりして、


日本のお城トランプ











福島の友だちは帰っていきました。

子どもたちだけで新幹線に乗って福島まで帰りました











「このままずっといればいいのに」
ずっとそう思っていたけど、言いませんでした。

「また来てね」
とは言ったような気がします。

「今度は福島に行くけんね」
これは父が言っていました。


一月以上経って写真の焼き増しをして送りました。
福島に2冊、広島と鹿児島で計4冊のアルバムを作りました。













それぞれの地で子どもたちが思い出せるように。

ありがとう。
元気で、また会おうね。

2011年8月23日火曜日

福島から来た友だち(1)

8月初め、広島の実家に福島からお客様がきました。

「夏休み短期交流プログラム~ひろしまに来て見て感じてみよう~」という企画に応募した
14人の小学校3~6年生の福島の子どもたちのうちのふたりでした。

今年の夏は全国各地で同様の企画が催されたようです。
※ 他県・団体からの被災した児童生徒の受入れ申し出一覧(No36が広島

私が関わることになったこの広島のプログラムには、
プールや外遊びに加えて、小学校での平和教育の授業に参加したり、
広島平和記念資料館を見学したりという内容も盛り込まれていました。

鹿児島から九州新幹線で2時間半。それから車で1時間。
母校に到着したらお好み焼きを作る準備が整っていました。

協力:オタフクさん












練習や試食をして準備は万端。
と思ったら、予定より早くお客様が到着。
慌てて焼き始めました。
厚さ7mmの特別製鉄板は、一度に9枚のお好み焼きが焼けます。

広島ではお好み焼きのことを「おこのみ」と呼びますが、
おこのみを9枚焼いたのに、お客様というか子どもたちは到着するなり
校庭でサッカーを始めてしまいました。

何ケ月ぶりかな?校庭でサッカー












その後、体育館で顔合わせをしてから食事。
無事おこのみはみんなのおなかの中に入ったのでした。
練習分も入れて、全部で37枚のおこのみを焼きました。

おいしい焼き方基本レシピ












おこのみの話ばかりになりそうなので、話を先に進めますが、 
我が家にホームステイしたのは5年生と6年生の男の子。
実家には3年生と4年生の甥っ子がいます。
我が子、4年生と6歳児の女の子も入れて子どもは6人でした。

聞くと、福島から広島まで子どもたちだけで新幹線に乗ってやってきたのだそう。
おとなは「疲れているだろうから早くおふろを」などと思ってしまうのですが、
子どもたちはそんな大人の心づかいなんかなんのその、
家に着くなりカードゲームが始まってしまいました。

謎の言語が飛び交ってる












受け入れ家庭は、基本的に「お風呂」「寝泊まり」「朝食」のお世話だけをすることになっています。
日中は、プログラムに沿って行動します。
おふろの準備をしていた6年生のY君が不思議そうに尋ねました。
「ここは地震はないんですか?」
Y君の住む福島市は小さな余震は度々、大きな地震も2日に1回はあるということでした。
それから私は毎日天気予報といっしょに地震情報も見るようになりました。(つづく)





2011年7月30日土曜日

「団扇(うちわ)で脱原発」プロジェクト川内(せんだい)

昨年の夏、「原子力ポスターコンクール」がネット上でとても話題になっていました。

「子どもにこんなものを描かせるなんて許せない!」と怒ったおとなが
「脱原発ポスター展」を作りました。

その後福島で原発事故が起き、
たくさんの人がポスターをダウンロードしてデモに参加しました。

他にもバッヂやTシャツなどいろいろなものを見かけました。

「脱原発ポスター展」事務局ブログより
「6.11 100万人アクション」バッヂ











「えっ足りてたの」Tシャツ






















そして、ついに団扇(うちわ)が登場しました。
題して「めざせ10万枚! 団扇(うちわ)で脱原発プロジェクト」

メッセージ入りうちわ:京都から「脱原発」の風
























関西の人が中心になって制作。
京都の祇園祭などいろいろな場所で配られて、
たくさんの人がパタパタしてます。

京大の小出先生もパタパタ























前置きが長くなってしまいました。



そういうわけで川内原発地元の薩摩川内市でも団扇を配ることになりました~(パチパチ)。

九電つながりの玄海原発地元玄海町花火大会ではすでに配られました。

玄海花火大祭参加者の手に脱原発団扇が















薩摩川内市の花火大会は8月16日。

それまでに涼しくなってしまったらどうしようと心配しながらとりあえず注文してみました。

カンパしてくれた人への御礼用に袋詰めしてみました
















グリーンのタイプが品切れで
川内で配ることができるのは4種類のみですが、
ダンボール2箱の団扇はすごい存在感です。



我が家の子どもたちにはこのタイプが好評でした。


脱原発標語がびっしり書かれているタイプ


















標語を読んで、どこに書いてあるか当てっこして遊んでいました。
(カルタのように)

我が子の一番のお気に入りの標語は「すべての原発を豆腐に!」



そういえばドーム型の川内原発と違って、福島第一原発は四角くてお豆腐みたいかも。


さて、どうしましょう。
「第53回 川内川花火大会」でこのうちわを配ることができるでしょうか?
また追って報告します。


【お知らせ】


カンパ募集中です。1000円/1口で団扇10枚プレゼントします。
コメント欄でお知らせください。

無料で団扇が欲しい方は花火大会の日にもらいに来て下さいね。

団扇を配る人、サクラも募集中です。
サクラの方は団扇を受け取って大げさに喜んでください(交通費は支給できません)。

(つづく)

2011年7月8日金曜日

鎌田慧さんのお話と「広報せんだい」

 7月5日に鎌田慧さんの講演会に行ってきました。
夕方6時からということでしたが、
私が会場に到着した10分前にはまだお客様はまばら・・・。
と思っていたら、その後続々と到着。
みなさん平日はお仕事で、終わってから駆けつけられたんですね。

鎌田慧緊急講演会 

日本の原発危険地帯 「3・11」以後を共に生き延びるために。
原発社会をこえて 『原発各地をまわった私の結論とは
~原発は民主主義の対極に存在するということであった』






















講演のはじめに鎌田さんは、
川内原発の近くに住んで毎日首相、経産通産大臣、科技庁長官に
手紙を出していたおばあちゃんに会ったときのことを話されました。
以前このブログでも紹介した前田トミさんのことです→「村栄え」
こちらも→「いいお産の日in鹿児島・いのちを考える上映会」

講演の内容は題名の通り、
「原発はいかにして住民を騙しながら作られていったか」というお話でした。
(講演の動画はありませんがだいたいこのようなお話でした
【動画】げんぱつ列島を問う・鎌田慧

講演の後の質疑のときに、
前田トミさんの息子さんが名乗られ、お礼を言われました。
懐かしい人の名前が出て、みんな嬉しそうでした。

講演終了後は会場を移して交流会でしたが、
私は明日も子どもたちを学校や保育園へやらないといけないので帰宅。

会場で売られていた「九州の原発」(南方新社)
以前は「原発から風が吹く」という題名でしたが、
東電原発事故後のことも加わって生まれ変わりました。




















講演から2日たった今日、
なぜか突然思い立って2冊の本をひっぱり出しました。

市政施行50周年記念
「広報せんだい縮刷版Ⅰ、Ⅱ」



















以前、古紙回収のときに見つけて拾ってきて一度も開いたことのない本です。
昭和25年4月号(創刊号)から昭和60年3月までの広報が詰まっています。

「かまどの始末に気をつけましょう」とか
「農村で出稼ぎが増えて子どもがほったらかしになるので保育園を作りました」
というような記事もあります。
若かりし頃の義母の投稿も見つけました。

しかし、昭和40年あたりから「原子力発電所」という文字が頻繁に出てくるようになります。

「広報せんだい」第139号 昭和40年1月15日

河口一帯を対象に立地調査始まる 
近年、原子力の平和利用は急速に進み、世界各国ではすでに
数多くの原子力発電所が稼働しています。
わが国でも原子力発電会社の茨城県東海発電所が今期発電を
開始するのを皮切りに、 敦賀市や福井県美浜町、福島県大熊町
などに原子力発電所の建設が決定しています。
国では、昨年度から5か年計画で全国20か所を対象にその地域
が原子力発電所の建設に適しているかどうかについて調査を行う
こととし、本年度の調査地区3か所のうち九州で初めて川内川河口
一帯が選ばれ1月5日から現地で電波探知機による地耐力調査が
行われています。
この調査に引き続いてボーリング調査、気象調査などが実施され
ますが、調査の結果がよければ、原子力発電所の誘致も可能となる
だけに調査結果が期待されています。」


「広報せんだい」第144号 昭和40年6月10日


原子力発電所誘致など協議
 北薩青年商工クラブ定期総会 川内市で開く

北薩青年将校クラブ連絡協議会定期総会は、
5月28日老人福祉センターに川内、阿久根、
出水市など7クラブ員およそ100人が集まって
盛大に開かれました。
(中略)
中でも、川内商工クラブが提案した
『原子力発電所誘致運動』については、
関心も高まりその必要性と有益性について
①平和産業に使う
②敷地が広く買収がしやすい
③真水が多く付近に人家がない
④送電しやすく、電気料金が安くなる
⑤国家的投資が大きい
⑥北薩の商工観光地として発展すること
などがあげられ関心を集めていました。
(後略)」

後半の記事の「必要性と有益性」については、
半分くらいはよくわからない(真水?)
(送電しやすい?)ものもあります。



fその後、原発に関する記事は増え続け、
昭和42年2月号ではこんな記事もあります。


川内原発の誘致 地元の協力がカギ
  熱意が九電を動かす

川内市の新年度の最大目標の一つは 原子力発電所の誘致です。
(中略)
本県の場合、電力の消費が少なく、原子力発電による多量の電気を
消費するには、10年も先のことになるのですが、それにもかかわらず
九電が『もっとも有力な候補地』と言っているのはやはり地元の熱意が
強かったからだと思います。
他の候補地でも、県知事や町長をはじめ有力者が声を大きくして
誘致運動を進めていますから、建設地が川内市に決定するまでは
決して油断がなりません。


反対があれば中止

もし、ここで市や県の誘致体制に少しでもヒビが入るとすれば、たちまち
建設はできなくなりましょう。
もともと本誌の立地条件は、佐賀県や大分県、宮崎県の候補地と比べて
必ずしも良好とはいえませんし、かねて九電は反対があればいつでも中止
すると言っているからです。
私たちは、原子力発電所の安全性や公害について、必要以上に恐れたり、
単なる想像やうわさにまどわされて、市発展の絶好のチャンスを逃しては
ならないと思います。
(後略)

安全性のわけ 燃えないフィルム(略)
基準以下の放射能

(前略)
このように、原子力発電所の安全性が高まってきたために、アメリカでは
ニューヨークや他の市街地の真ん中に建設する計画さえすすめられている
のです。
日本の場合は、住民の意識がそこまでいっていませんのでまだ一般に
へき地を選んで建設している状態です。
時がたって、各所に建設されないうちに、是非とも誘致して、市財政の充実や、
市の工業開発を促進しなければなりません。
(後略)

原子力発電所の安全性について、簡単に述べましたが、詳しい資料や、話は
市企画課にいつでもお問い合わせください。
根拠のない流言や、悪いウワサにまどわされないようにいたしましょう。」



九電に他の市町と競わされ、市が先頭に立ってなりふり構わず誘致を急ぐ様子
が伝わってきます。
また、「反対があると誘致ができない」と九電に言われることで、推進の住民が
反対の住民の運動をつぶし、住民同士が反目させられる状況も作られています。


これは市の広報なので反対運動についての詳しい記述はありませんが、
激しい抵抗があったことは行間から伝わってきます。
(反対運動については「九州の原発」を参考にしてください)

「市を二分するほどの反対運動があった」ということは、市にとってはマイナス
なのでしょうか。
今を生きる私たちにとって、抵抗の歴史、トミさんの存在はどんな意味がある
のでしょうか。

2011年6月2日木曜日

東電と福島と小出先生(つづき)

前、前、前回の「東電と福島と小出先生」
小出先生のお話にはさらにつづきがあったことを思い出しました。

それは
「原発がCO2を出さなくて環境によくて
他にもいいところがいっぱいあるんだったら
交付金をもらわないで作ればいいのでは?」
というものでした。

これはもとは小出先生ではなく他の人が言ったセリフなのだそうです。

記憶があいまいで間違っているかもしれないのですが、
元高知県知事の橋本大二郎さんだったような気がします。

会場の空気が一瞬凍りついたような気がしました。



ところで交付金ってそんなにもらえるんでしょうか?

住民としてはそんなにもらっているという実感はないのですけど。


「原子力広報薩摩川内2011/1 No.24」の3ページ目には、
「平成21年度 電源立地地域対策交付金による事業紹介」が載っています。



























小中学校や保健センターに使われているということは、
私も間接的にお世話になっているということになります。


また、2~3日前に届いた「薩摩川内市議会だより 6月1日 No.27」には、
「~一般会計 初の500億円台に~ 平成23年度当初予算を可決」とあります。






















人口が減っているはずなのに歳入が増えるとは?
どうしてなんでしょう??


でも、この「市議会だより」が届く少し前の新聞にはこんな記事が。

「川内原発3号機増設 予算や事業見直しへ 交付金見通しつかず」


2011/5/14 南日本新聞


「 福島第一原発事故を受け、九州電力の
川内3号機増設による国の電源立地地域
対策交付金や九電の協力金を当て込んで
いた薩摩川内市が予算や地域振興事業
の見直しを迫られている
九電の増設手続きが事実上ストップ、国
への交付金申請ができないためだ。
中心市街地活性化の核と位置付け、2010
年度から調査検討を始めた複合拠点施設 
建設計画を凍結する可能性も出てきた。」


3号機はまだできていなくても、
作ると言っただけでお金がもらえるということでしょうか?

交付金だけではなく、
九電の協力金というのもあるようです。






「 3月には運転開始予定とされていた19年度までに、
電源立地地域対策交付金約900億円が入ると試算。
その後の10年間は約100億円の交付金、固定資産
税約200億円の税収を見込み、九電からの協力金
名目の寄付にも期待していた。」


運転開始までに900億円!
まだ発電してないのにどこからお金が出てくるのでしょう?



「 文化施設や生涯学習推進施設、商業施設を集積
する複合拠点施設建設計画の事業費は50億円規模
としていた。
3号機の重要電源開発地点指定直後から施設建設へ
向け、適地などを選ぶ調査に着手。
本年度予算では、基本構想策定に2千万円を計上した。」


ハコモノは維持管理費が大変でその後の借金が増大するばかりという
1,2号機のときの反省はどこへ?



実はこういうことのようですが・・・。

「 合併10年を迎える14年度以降、合併特例措置に
よる財政上の優遇措置が縮小する。
同市は収入の落ち込みを交付金でカバーし、振興策
を進めようとしている。」



・・・こんなのもあります。

「薩摩川内市 平成23年度当初予算の概要」

歳入の第1位は「地方交付税」170億3,000万円で33.1%。
第2位が「市税」で106億7,533万6千円で20.8%。

1p 一般会計514億2,000万円の歳入内訳



7ページ目には丁寧に
「薩摩川内市の平成23年度家計簿」というのがついています。

「 総額514億2千万円の薩摩川内市一般会計を、
一般の家庭でたとえてみたらどのようなくらしぶりでしょう。」

下の円グラフを見ると、
1ケ月の生活費48万1千円のうち27万9千円(58.0%)が
「親・兄弟からの援助=交付金など」になっています。

「給料=市税」は10万円(20.8%)。

「パート収入=負担金・使用料など」は2万円(4.2%)。

7p 薩摩川内市の平成23年度家計簿




























・・・大丈夫でしょうか??

原発事故の方が心配ですが。