【鹿児島・薩摩川内】脱原発イベントのご案内

★ 川内原発再稼働抗議行動

  毎週金曜日 午後6時~7時
  JR川内駅前(九州電力川内営業所前でしていましたが、駅前に移動しました)
  





2011年3月27日日曜日

岩切市長へ~毎日考えていること~

今回の東京電力の原発事故が起きてから
私が毎日考えていることがあります。

今まで「そうなるんじゃないかな?」
と漠然と思っていたことが事実となって毎日報道されています。

それは、原発事故が起きると、
「救援物資が届かない」
「一度避難したらもう二度と同じ場所には戻れない(かもしれない)」
ということです。

お手製で作ってみました












逆に今まで考えていたことと違っていたこともあります。

それは、
「汚染地帯はただちに封鎖され
その中にいた人は汚染されているとみなされて避難させてもらえない」
「汚染地帯へ入る道路は封鎖されて厳しい検問がある」
「汚染されたものは持ちだせない」
ということです。

また、考えてもみなかったけど分かったこともあります。

「原発事故があると生き埋めになった人や遺体の捜索が行われない」
ということです。

原発のある薩摩川内市に住んで10年。
さまざまな原子力関係の広報紙が配布されたり
市役所などに置かれたりしていますが書いてなかったことばかりです。

「原子力広報薩摩川内」












市役所に行ったついでに防災対策課に行って
「原発推進の見直し」をお願いしてみましたが、
「まだ原因がわからないので」
「上に伝えておきます」
のというお応えの繰り返しでした。
私は、原発事故の原因は当然「地震と津波」と思いこんでいたので、
この予想外の返事にビックリして何も言い返せませんでした。

3月24日の
「川内原発建設反対連絡協議会」の岩切市長への申し入れがありましたが、
そこでの市長の応えも「原因究明や国の見解が出ていない段階では
(増設計画への)コメントはできない」
の繰り返しでした。


「赤ちゃんポスター」持参で



















でも、地元4コミュニティー協議会周辺の自治体からは
川内原発の1,2号機の安全対策に対する説明や
3号機の増設を見直しの要望書が出されています。


3月25日の薩摩川内市議会定例会の緊急質問でも
市長に対して同じような質問が繰り返されました。
市長の答えは相変わらずでしたが。


この日、福島で被災して全国各地に避難している
「ハイロアクション福島原発」のメンバーのみなさんが
避難先で緊急記者会見をされました。





24日、私は岩切市長にハイロアクションのチラシを手渡そうとしましたが
市長は振り向くことなく行ってしまいました。
そばにいた人が受け取って「渡します」とおっしゃってくださいましたが、
市長はお読みになりましたか?

2011年3月17日木曜日

福島の友人へ

大変なことが起きてしまいました。
なんて書いていいか分からず、
更新が滞っていました。

福島の友人からチラシが送られてきたのは
新燃岳が噴火し始めた1月終わり頃でした。



「ハイロアクション福島原発40年オープニングイベント
ふくしま原発40年と私たちの未来

2011年3月26日~2012年3月26日の1年間を
「ハイロアクション年」として、
今年の3月26日(土)、27日(日)は
そのオープニングイベントが開かれる予定でした。

チラシには「全国に広めていきたい」と書いてあります。
私も原発を抱える自治体に住むひとりとして、
この1年間の間に川内原発の「ハイロ」を考えるアクションを
していかなければならないと考えていたところでした。

川内原発の1,2号機はもうすぐ30年を迎えます。
建設当初は寿命30年と言われていたけど、
今はなぜか60年に延びているそうです。
電気製品も車も買い替えを推奨するのに、
なぜ原発だけが古くても大丈夫と言えるのでしょう?

川内駅前にて


















日本中の原発が老朽化と廃炉の問題を
考えないといけない時期にきていました。

福島の原発はハイロアクションの年に
自ら廃炉になりました。
たくさんの犠牲を出して。

今回は自然災害が引き金でしたが、
このままだと日本中の原発が
自ら廃炉になるという道を選ばざるをえなくなります。

人間が止めることはできないのでしょうか?

今までもたくさんの人が言ってきてくれました。
でも間に合いませんでした。
これからどうすればいいのでしょう?


今日はつゆくさ会でした。
初物のタケノコもふきのとう味噌も
おいしいけどおいしくない。
避難している人や
福島原発で作業している人たちのことを考えて
どうしてもため息が出てしまう…。

約20人が集まりました


















そしてみんなで考えて、
「原発に反対する議員さんを当選させよう!」
「風車フレンドシップキルトを仕上げて、
駅前でみんなに”原発を止めよう”と訴えて
募金活動をしよう!」
ということに。

制作中の風車フレンドシップキルト


















子どもたちがいつまでも太陽の下で
楽しく遊べますように。

2011年3月1日火曜日

久見崎海岸のお掃除をしてきました

2月27日(日)は、
「九州最大の海岸清掃」ということで、
私たち川内チームも
久見崎海岸のお掃除をしてきました。
(場所などの詳細はこちら→九州最大の海岸清掃in川内

「清掃前の状態を撮影せよ」という指令が出ていたので、
早めに現地入り。
風が強くて吹き飛ばされそうです。
天気予報では、午後から雨。

川内川河口(対岸に火力発電所が見えます)



清掃前です。

ナゾの網












電球(この日私は3個拾いました)












こんなものに驚いていた清掃前が懐かしい。
この後もっとすごいものを見つけることになろうとは・・・。

とりあえず、約束の10:30に集まった4人で清掃開始。

花粉症のおじさんもがんばります












市役所の環境課でもらったボランティア用のゴミ袋が大活躍。
10枚もらったけど全然足りませんでした。
海岸のごみがこんなに大きいものばかりだなんて、
市役所の人も私も海岸清掃を甘く見てました。

燃やせるゴミ用はブルー












途中で若者ふたり参加。

鹿児島市から来てくれました












水俣からも応援が。
農業スタイルがきまっています。
鎌持参です。

海岸清掃のやり方を教わりました












午前中で軽トラックの荷台がいっぱいになりました。
広い海岸を重たいごみ袋を持って移動するのはけっこうな重労働。
持ちきれなくて置き去りにしてきたごみもたくさんあります。

燃やせないごみ袋も使用













持参したお昼ごはんを食べた後、
水俣チームはウミガメ監視員Nさんの家にお見舞いに。

Nさんのお庭が海岸清掃のプラスチックごみだらけなので
いっしょにお掃除・・・、と思ったら、
いつも写真を撮って県に報告した後に、
2トン車で捨てに行っているのだとか。

この海岸はごみだらけ、と思ったけど、
Nさんがずいぶん片づけた後なのかもしれません。


午後は、拾ったゴミの分別とたき火です。

火をつけるのが得意という人が・・・












風が強いのでよく燃えます。
本当は本部から「炭焼きをして鉄といっしょに海に沈めましょう」
という指令が出ていたのですが、
一斗缶や煙突を持って行くのが面倒だったので省略。

火は楽しい♪












たき火が燃える間その辺を散策です。

サラサラでとってもきれいな砂♪












もうすぐこの浜は埋め立てられて
原子力発電所になる予定なので、
ボーリング調査をしています。

今日はボーリングはお休み












ここから先が埋め立てられるのでしょうか?
手作り看板が立っています。

埋立て予定地境 380m












看板の向こう側、埋め立てられる場所に
昨年のウミガメ産卵の印があります。

ブイを使用したタイプ

ポリタンクを使用したタイプ


















どちらかというと、
埋立て予定地の方にたくさん産卵の印があります。

発泡スチロールを使ったタイプ























この浜は川から流れてきた竹が
たくさん砂の中に埋まっているので、
カメが掘りにくいのだとか。
だから河口から離れた埋立て予定地の方に
たくさん産卵しているのかもしれません。

・・・と、突然、
海岸線を歩いていた一団がにぎやかになりました。
手に死亡漂着したエイを持っています。

現場で写真を撮って記録をするという基本ができてません。
しっぽをつかんで嬉しそうにこちらにかけてきます。

「何か大きさを比べるものを置いて写真、写真」
と本で学んだ知識で発言をすると、
たばこを置こうとする若者がいたり、
横に自分が寝そべろうとするおじさんがいたり。

結局帽子を置いて大きさを比べる












無事写真を撮ったのでお墓を作りました。

エイのお墓












油性マジックを忘れたので、
「エイのお墓」と書くことができませんでした。

メジャーと油性ペンは必携でした。


15:00になったので、
たき火を消して帰ろうと思っていたら、
またまた参加者が到着。

と思ったら、
高木基金からのお客様と
そのお客様を案内して来た
鹿児島市の方々でした。

若者とおじさんは帰宅。
私たちはまた埋立て予定地に後戻りしてご案内です。

きれいな砂浜♪












小高い丘の上は九州電力の土地。
ちゃんと監視カメラもあります。

「あれ?あの人たちまた来たよ」












今度は死亡漂着したサメを見つけました。
本日2度目です。
写真でしか見たことがなかった「死亡漂着」を
ナマで2度も見てしまいました。

サメの写真を撮る高木基金からのお客様



















今度はなぜかスコップを持って歩いていた私。
スコップを置いて撮影です。
大きさは1mくらいでしょうか。

愛用のスコップとサメ












そして、またまたお墓づくり。
油性ペンがないのでボールペンで
日付と「サメのお墓」という文字を書きました。

サメのお墓












それにしても、
清掃後にこのような展開が待っていようとは・・・。

山育ちで海に縁がなかったので、
海岸清掃は初めてだった私。

海岸清掃に必要なものが少しわかりました。

・ メジャー (死亡漂着した生物の大きさを測るため)
・ 油性マジック (死亡漂着した生物のお墓に字を書くため)
・ 温度計 (海水温を測るため)
・ スコップ (死亡漂着した生物のお墓を掘るため、大きさを測るため)
・ カメラ (死亡漂着した生物の写真を撮るため)

そして
「岩場に貝が全然いない」
と驚いていたお客様。

そういえば、海に来たのに
誰も海の水に触らなかったような・・・。

この日他の場所で海岸清掃をしていた人たちはどうだったのでしょう???


その後、家に帰ってごみ満載の軽トラックを
車庫に入れた途端雨が降ってきました。