【鹿児島・薩摩川内】脱原発イベントのご案内

★ 川内原発再稼働抗議行動

  毎週金曜日 午後6時~7時
  JR川内駅前(九州電力川内営業所前でしていましたが、駅前に移動しました)
  





2012年3月17日土曜日

3.11 さよなら原発!かごしまパレード

3月11日は「3.11さよなら原発!かごしまパレード」に行ってきました。
私は、薩摩川内市から4人で車に乗り合わせての参加でした。
これまではいつも子どもたちを連れて行っていましたが、
今回は初めて、友人たちとワイワイ言いながら会場に駆けつけました。

その中の一人はAKOちゃん。
AKOちゃんは、再処理工場のある青森県六ケ所村と
上関原発建設予定の山口県をママチャリで行ったり来たりしながら、
原発を止めるために19年間旅を続けているという旅人さん。
ご縁があって、この日は鹿児島の仲間たちに会いに来てくれました。

川内でお話会をしたときの様子をupしてあるのでご紹介。





 「さよなら原発~」の会場、鹿児島中央駅前の太陽の広場でもさっそく紙芝居・・・。


どこかの子どもがいつの間にかお手伝い(ありがとね)
















私たちも、店開き・・・。


木造テント(伝統工法で組み立て式なのだ!)
















ロケットストーブも大人気。



ほうじ茶わいてます




















お隣は「原発なくそう!九州川内訴訟」の弁護士さんたちのテントでした。


原告募集の紙がどっさり




















デモ初参加という人もたくさんいました。


手作りスイーツ持参でなごむ伝統工法テント内
















ママたちもがんばってます。
お抹茶と和スイーツをごちそうになってついつい話しこんでしまう。


Reばーす霧島チーム
















お店も、歌う人も、挨拶する人も、
今までの原発の集会では見たことのない人がたくさん。
(スゴイ!!)



「こどもデモ」 こどももすっごく怒っているぞ!


















なんと歌までできている。





集会の後はパレード。

自転車発電の人や・・・、


一見、自転車発電で車が動いているように見える!
が、そうではなく、音楽を鳴らしているのだ

















トラクターに乗る人や・・・、 


有機農業の人かな?
















ヤギの親子。


写真の腕がイマイチでよくわからないけど、ヤギ。

AKOちゃんも。



車道を走る車にアピール















横断歩道を渡る人にもアピール
















みんな何かを考えながら、
鹿児島の街を歩きました。

福島のこと。
東北のこと。
川内のこと。
世界のこと。

福島のことがなかったら、
川内原発はどうなっていただろう。
3号機の計画は順調に進み、
着工間近だっただろうか?

どうして川内ではなく福島だったんだろう?

福島で起きていることは、
近い未来、自分たちに起きることなのだろうか?

二度と同じようなことを起こさないために、
今の犠牲があるのだろうか?

だとしたら、今すべきことは何なんだろうか?

これから私たちの未来はどうなるのだろう?

悲劇的な未来を、自分たちの力で変えることができるのだろうか?


すごい風と火山灰だった
















子どもたちのためにも変えなくっちゃね。


※ 実行委員のみなさん御苦労さま。ありがとうございました。

2012年2月24日金曜日

3月11日

2012年、3月11日は「さよなら原発!鹿児島パレード」があります。

























「3・11さよなら原発!かごしまパレード

日 時  2012年3月11日(日) 10:00~17:00

場 所  鹿児島中央駅東口駅前広場

2012年3月11日。あの震災から1年。福島第1原発の事故から1年。
原発事故の収束は未だ見えず、多くの方が避難を余儀なくされています。
そして、私たちが暮らす鹿児島にも、川内原発があります。
私たちは、これからも原発と共に生きるべきなのでしょうか。
放射能を残す社会よりも、自然なエネルギーを選び、資源を大切にする暮らしを考えたい。
子どもたちの未来のために、鹿児島から歩き出しましょう。

太陽の広場 10:00~13:00 (震災支援チャリティーマーケット、NO NUKESライブ)
※マーケットの収益は被災地に寄付されます。

さよなら原発集会 13:00~14:00

NO NUKESパレード!! 14:00~17:00 (コース:鹿児島中央駅~天文館を往復)

主 催  さよなら原発! 3.11鹿児島集会実行委員会

共同代表  橋爪健郎、荒川譲、井上従昭、井上森雄、川原ひろみ、税所孝樹、鳥原良子、野呂正和、橋口孝久

連絡先 実行委員会事務局 TEL099-248-5455 FAX099-248-5457  info@nanpou.com 」



公式ブログはこちらです→http://goodbyeparade0311.blog.fc2.com/


このイベントは鹿児島市の中心、鹿児島中央駅の駅前広場であります。
 


Aのところが鹿児島中央駅

















でも、川内原発があるのは、中央駅から車で1時間半のところにある薩摩川内市です。


ピンク色のところが薩摩川内市



















この日、薩摩川内市では「第11回 川内川河口マラソン・ウォーキング」が開催されます。

「心も体もリフレッシュ!!
早春の川内川をステージに走ったり、歩いたり、自分のペースに
合わせて健康・体力づくりをしませんか?

【会場】
開閉会式:川内文化ホール駐車場
コース:川内川堤防ほか

【種目】
■マラソン
河口一周(23.6km) 一般
10kmコース
高校生以上

■ウォーキング
10kmコース 中学生以上
5kmコース 小学生以上」


サイトはこちら(観光協会)→ http://p.tl/0ULD 

 こちらも(きゃんぱく)→ http://canpak.jp/events/9742.html


川内川河口といえば川内原発のすぐそばです。



Aのところが川内原発



 












毎年この時期に「川内川河口マラソン・ウォーキング」が行われていますが、
今年も例年どおり開催されるようです。


2012年1月27日金曜日

原発は地域振興に役立つと思いますか?

今日は川内原発に関係のある雑誌の記事のご紹介です。

『日刊SPA!』の2012年1月7日の記事です。http://nikkan-spa.jp/106060

これを呼んでみなさんはどう思われますか?

川内原発3号機の増設賛成陳情の中身はほとんどが地域振興でした。
 

増設陳情を出した方は、これを読んでもまだ原発は地域振興に役立つと思いますか?

 

◆移住予定がキャンセルに!原発は今や地域振興のお荷物となっている

「原発があるということで、移住予定の人たちにキャンセルされてしまいました」

こう語るのは、鹿児島県薩摩川内市峰山地区コミュニティ協議会会長の徳田勝章氏。
同地区は、「あしたのまち・くらしづくり活動賞」で内閣総理大臣賞を受賞するなど、
のメッカとして知られる。

「荒れ果てた山を観光農園として再生させた柳山アグリランドは、
年3万人以上が訪れる地域の名所になりました。
農業や地域振興の研修者も年3000人、移住を希望する方も増えてきています」


川内原発
原子力発電所展示館より川内原発を臨む。
左から1号機、2号機。
柳山アグリランドを下りた目の前にある。


しかし3.11以後、事態は急転した。柳山アグリランドの麓に川内原発が建っていたためだ。

「3.11後、福島第一原発のような事故が川内にも起こるかもしれないという危機感が
住民の中に高まってきました。
そこで、1・2号機の安全対策と、3号機の計画中止を川内市長に求めました」

しかし「国の対応を待って考える」という市長の回答に徳田氏は失望したという。

「地元自治体も積極的に動いて、国が動かないのならその尻を叩いて動かすべきですよ」

徳田氏は元九州電力の社員で、原発の立地を担当してきた。

「九電に入社して30年以上、一貫して『立地屋』を務めてきました。
原子力発電所を設置するため、『チェルノブイリのような事故は日本では絶対に起こらな い』
と原発の安全性を説得してきました。
玄海原発の3・4号機、川内原発の1・2号機の立地にも関わりました。
最後の仕事は川内原発3号機の増設について でした」


峰山地区
峰山地区、川内原発から10km圏内にある県道沿いに建てられた看板。
一本の道を隔てて原発推進派と反対派が対峙している。

97年に峰山地区に移り住んだ後、原発はそれほど地域振興に役立たないのではないか
と思うようになったと徳田氏は語る。

「徳田は九電で立地対策をしていたのに、今なぜ再稼働に反対してるのかと言われます。
私は、コミュニティ協議会という住民組織の代表として、
住民の利益・ 安全を守ることを第一に考えているんです。
それは福島原発の事故以前と一貫して変わりません。
そもそも、峰山地区への原発の恩恵は直接的にはありません。
例えば、九電の社宅は川内市の街中にあり、原発のそばにはない。
補助金も川内市に入るだけで、峰山地区に還元されることはありません。

川内原発立地の補償金として漁協には62億円が支払われていますが、
峰山など陸部のコミュニティには1円も落ちていません。
私たちは、新設される南九州道 高江インターに、地産品の販売をする『道の駅』やレストラン、
児童・高齢者福祉施設などをあわせた複合商業生活施設を作りたいと思っています。
雇用力のあ る再生可能エネルギーの研究施設なども誘致したい。
しかし、九電はそういうことには見向きもしません」


【徳田勝章氏】
徳田勝章
55年、九州電力に入社。
本社広報課長、川内原子力発電所次長、後に社長直轄の嘱託として、
一貫して原発立地対策に務める。
97年に峰山地区に戻り、05年から峰山地区コミュニティ協議会会長を務める。

2011年12月15日木曜日

2011年・川内原発周辺のまとめ(ウミガメ編)

そろそろ今年もおしまいなので、この一年を振りかえろうと思います。

まずは、今年、薩摩川内市に産卵に来たウミガメについてです。


・・・・・・・・・・・上陸産卵個数・・・・孵化個数・・・・・

寄田海岸   2459個(24頭)  1566匹
久見崎海岸  559個(5頭)    416匹
唐浜海岸   1738個(14頭)  1062匹
西方海岸    360個(3頭)   101匹


前の年だけ比べても意味がないかもしれませんが・・・2010年はこうでした。


寄田海岸   1998個(17頭)  1210匹
久見崎海岸  3261個(25頭)  1823匹
唐浜海岸   2194個(18頭)  1203匹
西方海岸    524個(6頭)   356匹


久見崎海岸の産卵がとても減っています。
久見崎海岸は以前のブログでも紹介しましたが、
川内原発の北側。
3号機増設予定地です。

     2010年12月22日水曜日「ウミガメが産卵に来る浜」





















 

2010年の記録を見ると、
25頭のうち20頭が、埋立て予定地に産卵をしています。


埋立てが始まったらどうなるのだろうと心配していましたが、
2011年は、埋め立てが始まっていないのに、

5頭に減りました。

薩摩川内市でウミガメボランティアをされている方の話だと、
ボーリング調査のせいではないかということでした。
ボーリング調査は5,6か所。
海の中でも行われていたということでした。



反対に川内原発南側の寄田海岸の産卵が増えています。
こちらは、原発の温排水の排出口側でもあります。
久見崎のボーリングを避けて、寄田に行ったのか?、
原発からの温廃水が温かいのでそちらがよかったのか?
・・・よくわかりません。



着工しなくても、調査などでじわじわと生態系は変わっていくのかもしれません。
埋立てがはじまるころには、カメは1頭も上がってこなくなっているかもしれません。



一方、唐浜、西方海岸は薩摩川内市の北の方で、

海水浴場にもなっているところです。
こちらも少しずつ減っています。




原発の両岸、寄田、久見崎海岸では、
海水浴もサーフィンもする人はいません。
サメが来るからだということです。
ウミガメ調査員さんも、たびたびサメの死亡漂着を目撃されています。
私も、2月の九州最大の海岸清掃のときに目撃しました。
(釣りをする方はいらっしゃいます)

  
     2011年3月1日火曜日 久見崎海岸のお掃除をしてきました






以前紹介した「MBCウミガメール」 は、今年3月なぜか終了してしまいました。

今は、県のホームページで、
市町村別の過去15年間のウミガメ上陸状況
を見ることができます。

海岸別の過去15年間の上陸状況を見ることはできないでしょうか?


鹿児島県はウミガメ保護条例がありますから、
調査でウミガメの産卵をじゃますることは、ひょっとして条例違反ではないですか?


 



 
































今回私がいただいた上陸、産卵状況のデータは、
薩摩川内市のウミガメボランティアさんに教えていただきました。

新幹線の川内駅を降りて、車で20分くらい来ただけでウミガメに出会える浜があるんです。
大阪からも直通の新幹線があります。

薩摩川内市シティーセールスサポーターや
ぽっちゃん計画のみなさん、
「薩摩川内市のウミガメでまちづくり」などという企画はいかがでしょうか?

ずっと鹿児島に住んでいると、ウミガメなんか珍しくないかもしれませんが、
中国地方出身の私にとって、ウミガメはとっても神秘的で
南国情緒あふれる生きものなんです。

いるかどうかわからないカッパもいいけど、
毎年産卵に来てくれるウミガメも大切にしませんか?


2月9日、今日の海水温度は20.5度でした(1)

2月9日、今日の海水温度は20.5度でした(2)

















※薩摩川内市のウミガメボランティアさんも出演するドキュメンタリー映画が、
日本各地で上映されています。
↓
「脱原発・いのちの闘争」

2011年10月29日土曜日

薩摩川内市の産廃処分場予定地に行ってきました

昨日(2011.10.28)は、産廃処分場建設予定地に行ってきました。
朝、友人モコさんから電話でお誘いがありました。
前日のつゆくさ会に、産廃問題に関わる方が参加され、
いろいろなお話を聞いたばかりでした。
私は9月30日にも一度行ったことがあったので2回目でした。

前回は裏の細い道から迷いながら行ったのですが、
今回はバッチリ!
一度Uターンをしただけでたどり着きました。
山道の途中に看板やのぼりが立っています。
途中の見張り小屋で見張りをしている方もいらっしゃいました。



途中に看板がいくつもあります











現場に近づくと、曲がり角に警備の方が数人。
重機が動いています。

ブルーシートの下に数人の方が座っていらっしゃる見張り小屋の近くに車を止めて、
「こんにちは~」とお邪魔させていただきました。

見張り小屋











椅子とお茶とお菓子とトマトをすすめられ、
焚火のそばに腰かけました。

炭火があったかい











簡単に自己紹介などをした後、
みなさんと談笑するモコさんを置きざりにしてひとりでお散歩してきました。

想いが書いてある短冊











木にもぶら下がっています











秋なので、木の実もたくさん見つけました。




















テントに戻るとこんなものを見せてくださいました。

きれいな石











瑪瑙(めのう)です。
瑪瑙は昔噴火したところにできるのだそうです。
この瑪瑙は、産廃予定地から掘り出されたもの。
テントの足元にも、大きな瑪瑙の原石が転がしてあります。

お昼になって数人の方がお昼ごはんを食べに自宅に帰られました。
入れ替わりに3人のおばちゃんたちがやってきました。
いっきにテントがにぎやかになりました。

このおばちゃんたちは、見張り小屋の運営費を稼ぐために
野菜を作って販売しているのだそうです。
この日も朝早くからお餅に入れるよもぎを摘んできて、
午後からは出荷する野菜のパック詰めがあるそう。

「無農薬だから毎日虫取りが大変。
すぐにレースになってしまう。
一日おきにしたらと言われるけど
野菜は待ってくれない。」
と言うようなことを鹿児島弁で言って、わははは~と笑って、
あっという間に午後の作業に出かけていかれました。


私たちはベーグルをごちそうになりました。
産廃予定地は冠嶽という山の中腹にありますが、
その冠嶽には鎮国寺というお寺があります。
鎮国寺に行く途中にある「二つ菫(ふたつすみれ)」というお店のベーグルだそうです。
美味しいパンとよいお店の情報をGETでした。
鎮国寺にもまだ行ったことがないので、
ランチ付きでお寺巡りに行くのもよいかもしれません。
「焼きたてはもっと美味しいよ~」とのこと。

自家製天然酵母ベーグル












初めはちょっとお邪魔する予定だった私たちが、
なぜこんなに長居をすることになったかと言うと、
ある方にインタビューをするためでした。

ベーグルを私たちにくださった女性が
「一人ひとりにインタビューして動画をYouTube とかにUPしたいんだけど、
計画が止まっていて・・・」
「短冊は初めひとりの方が始められた。
その人の話を聞いたときに涙が出た。
ぜひ聞いてほしい」
と言われたので、そのおじちゃんが昼食を済ませて
テントに帰ってくるのを待っていたのでした。


そして午後は、短冊を始めたおじちゃんと、
趣味が設計図をかくことという土木に詳しいおじちゃんがやってきて、
そのおふたりに急遽インタビューをすることになったのでした。
iPad 持参だけど Ust 初心者のモコさんと、
インタビュー初めての私でチャレンジ!
・・・が、Ust はできない感じ・・・。
なので、動画を撮ってきました。
編集、 YouTube も初心者なので、うまくUPにこぎつけるか・・・???
できたらお知らせします。

おじちゃんたちのお話は、驚くべきもの、
・・・というわけではなく、原発問題でよく聞く話と一緒でした。
上関でも、川内でも、福島でも一緒。
でも、私が驚いたのは、学者でも政治家でもない、
その辺で農作業をしていそうな普通のおじちゃんから
そのことばが出てきているということ。

周りのおじちゃんたちも、
「これ着て県境に何度も行ったよ」
とジャンパーを見せてくれました。
おじちゃんたちは、竹を売って見張り小屋運営資金を稼いでいるそうです。
一人ひとりが自分の問題と考えて、
一人ひとりが行動しているということがすごいと思いました。
(たまに弁護士さんに怒られるとか)

着こんで色あせたジャンパー











インタビューの後に見張り小屋の中を見せてもらいました。

湯川れい子さんの短冊












これから寒さが厳しくなるので夜もここに泊りこむのは大変なことだと思います。
日中の見張りもたいへんでしょう。


しかし、実はすでに工事は始まっていて、この日も重機が動いていました。

前回来たときは着工を阻止するために緊迫した雰囲気でしたが、
今は、始まってしまった工事を冷ややかに見つめるのみです。


もともと採石場だったこの地には、山から浸み出したがあふれ、
工事中の今も何メートルも水がたまっているのです。
これからも水が出るでしょう。

最後に私たちも短冊をかきました。
私は、給食の牛乳のことを心配しています。
薩摩川内市の子どもたちが飲んでいる給食の牛乳を加工している
県酪連川内事務所は川永野町にあります。

見張り小屋の中に











重金属やダイオキシンに加え、川内原発からも近いこの産廃には、
川内原発からの放射性物質を含むゴミも運び込まれるのではないかと言われています。
それらの物質は、やぶれたシートからいずれは地下に浸み込み、
私たちの飲み水を汚染するでしょう。

県公社が進めるこの計画に約束を取り付けても、
トップの交代や移動で、あっという間に約束は反故にされてしまいます。

これまでも何度も担当職員が変わってきたそうです。

これからもここに住み続けなければならない私たちで
この問題を考え続けなければなりません。


※「冠嶽の霊山性を守る会公式サイト」→http://kanmuridake.org/
(twitter や Ustream でも情報を発信していらっしゃいます)































2011年10月19日水曜日

「第14回 脱原発講座 小出裕章氏講演会」のおしらせ

薩摩川内市における「第14回脱原発講座」は、
京都大学原子炉実験所助教・小出裕章さんの講演会を行うことになりました。

3月に福島第一原発で事故が起きた後、4月に講演を依頼したのですが、
その時すでに予定がいっぱいとのことで10月に予約をしたのでした。
まだまだ先のことと思っていたのですが、あっという間に半年が過ぎ、
いよいよ今週末が講演会当日となりました。


前回、薩摩川内市にいらっしゃったのは1年半前。
2010年4月に行われた薩摩川内市議会原発特別委員会の公聴会のときでした。
(詳しくは→東電と福島と小出先生)




今回、薩摩川内市議会の議員さんにも招待状を出していますが、
いったい何人の議員さんが来て下さるでしょうか?


脱原発講座チラシ
























このブログのイベントお知らせ欄でもお知らせしていましたが、さらに詳しいお知らせです。


と き  2011年 10月 22日 (土) 18時半~20時半
ところ  薩摩川内市国際交流センター コンベンションホール
TEL  0996-22-7741
                鹿児島県薩摩川内市天辰町 2211番地1 (鹿児島純心女子大学となり)
テーマ   『 原子炉の真実 ~私たちの選択で、生命を未来へつなごう~ 』
参加料  無料

主 催  川内原発増設反対鹿児島県共闘会議
川内原発建設反対連絡協議会
後 援  グリーンコープかごしま生活協同組合 

連絡先  薩摩川内市神田町1-10 川薩教育会館1F   TEL 0996-22-3075


国際交流センター地図















薩摩川内市国際交流センターは、鹿児島純心女子大学の隣になるので、
公共交通機関を利用する方は、純心大学をめざしてきてください。


鹿児島純心女子大学 地図






















大学のアクセスマップには 最寄駅の時刻表や路線バスの時刻表もついています。
「純心女子大学」のロータリーで下車をしてください。
鹿児島市方面から純心大学を経由する高速バスもあります。
(バス利用の場合は帰りの便がないのでご注意ください)

川内駅には、今年3月に開通した九州新幹線も止まります。
新大阪駅から直通の便もあります。
(これも帰りの便がなさそうです。博多までなら帰れるかも)

車利用の方は、帰りが混雑するので、
お急ぎの方は講演後すぐに会場を出ることをお勧めします。



座席数は400人までです。
消防法の関係でそれ以上は会場に入れませんが、
ロビーのモニターで講演を聞くことができます。
チケット制ではないので、人数の把握ができていません。
確実に会場内に入りたい方は余裕をもってお越しください。


当日、Ustream中継の計画もありますが、細かいことは未定です。
分かりましたらお知らせいたします。


今回は「鹿児島連続講演」ということで、下記の会場でも講演会が行われます。

【鹿屋会場】
2011年10月23日(日)10時~12時
肝付教育会館(鹿屋市打馬1丁目1-34)
参加費:無料
主催:大隅ブロック平和運動センター、川内原発増設反対共闘会議
後援:グリーンコープかごしま生協
お問い合わせ:TEL0994-42-5145

【鹿児島会場】
2011年10月23日(日)14時~16時
13時半~ 旅芸人の楽市楽座による反原発紙芝居があります

サンエールかごしま(鹿児島市荒田1丁目4-1)
参加費:500円 大学生以下無料 (当日800円)
主催:反原発かごしまネット、川内原発増設反対共闘会議
後援:グリーンコープかごしま生協
前売りチケット:グリーンコープ店舗みらい、山形屋プレイガイド
鹿児島会場のみ託児の準備があります。小川(090-3016-0074)まで。
※託児はいっぱいになったので申し込みを締め切ったそうです。


※たくさんの方に聴いていただきたいので、お知り合いの方にお知らせしていただけると嬉しいです。

※追記 川内会場講演会の動画を見ることができます。
(おふたりの方がアップしてくださっています)

1.第14回脱原発講座 「原子力発電所の立地を認めることの意味」 小出裕章氏




2.[小出裕章氏講演会】於、薩摩川内市 7−1

2011年10月10日月曜日

福島から来た友だち(2)

「福島から来た友だち(1)」からの続き


翌日は登校日。

広島の学校では夏休みの登校日は平和教育が行われます。

私が子どもの頃も、第1回目の登校日はいつも8月6日前後。
原爆などに関する平和教育が行われていました。

3年生から6年生までの男子4人が登校します。
着替えと朝食をすませて6時半からラジオ体操。
7時には家を出ます。

学校までは約3.5km




















一気に静かになりました。
男の子たちは、朝っぱらから、少しの時間を見つけては、
カードゲームや将棋をしてましたから。

将棋の上手いS君を褒めると
「外で遊べないから・・・」
という答え。

彼は家を出るときも
「マスクをしなくていいんですか?」
と信じられないような驚いたような表情をしていました。
(前の日校庭でマスクしないでサッカーしてたんですけど、
学校に行く前は思い出したんでしょうね)

学校では平和教育として、
広島で原爆が投下されたときに被曝をされた地域の方のお話を聞いたそうです。

原爆の被爆体験を聞く5,6年生












この「短期交流プログラム」は夕食付です。
みんなで夕食を作って食べ終わったところに、私たち受け入れ家族が迎えに行きます。

家では、おふろに入って寝るだけですが、
子どもが6人いるのでそういうわけにはいきません。

独楽回しをしたり・・・、

ベイブレードというらしい











花火をしたり・・・、

た~まや~











盆踊りの練習をしたり・・・。
(これは同じ日に全部したわけではなく、
毎日いろいろしていたわけです)

東広島音頭?











そして昼間は、野外活動や、

なみ滝藤原園











広島市にある平和公園や原爆資料館の見学などがありました。(昼間は主催者にお任せ)


これは私が個人的に行ったノーモアヒバクシャウォークの写真














「夏休み短期交流プログラム」は5泊6日。

ラジオ体操をして、

夏休みといえば朝のラジオ体操











将棋をして、

朝から将棋











野球をして、

朝から野球











あっという間に時間は過ぎていきました。


お別れの日が近づくにつれて、
このまま鹿児島に帰らないで、広島の実家で6人の子育てをしながら暮らそうか・・・、
という気持ちが高まっていきました。

福島に変える前日の夜、テレビのニュース番組を見ていたら、
福島第一原発の事故のニュースが流れてきました。
あまりよいニュースではありませんでした。
Y君は「あ~、帰りたくないな~」と言いました。
本当に引きとめようかと思いました。
でも、彼らにはもっと小さな弟や妹がいます。
どうしていいのかわかりませんでした。


最後の日の朝、朝食の時間に給食の話になりました。
クラスに牛乳を飲まない子がいるという話。
S君が「前は基準値が○○ベクレルだったけど、今は○○○ベクレル」
だから安心できないと言っていました。
「福ちゃん牛乳でしょ」と。
子どもの口からベクレルということばが出てきてビックリしました。
Y君は「気にしすぎる人がいる」という意見。
私は何と言っていいかわからなくて
「鹿児島でも給食が大丈夫かどうか心配しているよ」
と言ってしまいました。
学校生活で一番の楽しみであるはずの給食で、
心配したり、友だちと意見が対立したりという現状。


家を出る直前までトランプなどをしたりして、


日本のお城トランプ











福島の友だちは帰っていきました。

子どもたちだけで新幹線に乗って福島まで帰りました











「このままずっといればいいのに」
ずっとそう思っていたけど、言いませんでした。

「また来てね」
とは言ったような気がします。

「今度は福島に行くけんね」
これは父が言っていました。


一月以上経って写真の焼き増しをして送りました。
福島に2冊、広島と鹿児島で計4冊のアルバムを作りました。













それぞれの地で子どもたちが思い出せるように。

ありがとう。
元気で、また会おうね。