【鹿児島・薩摩川内】脱原発イベントのご案内

★ 川内原発再稼働抗議行動

  毎週金曜日 午後6時~7時
  JR川内駅前(九州電力川内営業所前でしていましたが、駅前に移動しました)
  





2011年4月22日金曜日

つゆくさ会にいらっしゃいませんか?

4月20日は、東電原発事故後二度目のつゆくさ会でした。

この日も初参加の方がひとり。
もともとつゆくさ会はチェルノブイリ原発事故の頃から活動しているので
50~60代の方々が中心なのですが、
2年前に川内原発3号機増設の話が持ち上がってからは30代のメンバーも増えてきました。

一品持ち寄りのお料理










私が参加し始めたのも1年半前。
それまで薩摩川内市内で原発について考えているグループがあることすら知りませんでした。

私がつゆくさ会を知るきっかけになったのは
2年前の「アースデイ鹿児島」でした。
私は「いいお産の日in鹿児島」で参加。
会場で「反原発かごしまネット」の方に出会い、
その会報「南の風通信」に載っていたつゆくさ会の方に連絡を取ったのがその年の夏でした。

それまでは市内で原発に反対しているのは私一人だけなんじゃないかと思っていました。
推進の声は広報などを通じて聞こえてくるけどそれ以外の声は全く聞こえてきませんでした。
選挙のときに「原発反対」と書いている議員さんのポスターを目にするとき以外に
地元で原発に反対する人の情報が入ってくることはありませんでした。

私は焼き芋持参で参加











今回初めてつゆくさ会に参加した人は、
参加者の中でいちばん原発に近いところに住んでいらっしゃいました。
今までも原発についていろいろ思うことがあったけど
誰に話していいかわからなかったということでした。
グリーンコープつながりでつゆくさ会のことを知ったそうです。

桜の花びら調査の報告もありました















昨年の4月20日は川内原発3号機増設公聴会が開かれた日でした。
反対派の学識経験者は小出裕章さんでした。

あれからちょうど1年。
いろいろなことがありました。
市議会原発委員会は20日に大々的に公聴会を開いて、
それから一週間もたたない26日(チェルノブイリ原発事故があった日)に
「審議は尽くした」
「これ以上待たせると市民に迷惑をかける」
として賛成陳情を採択、
6月に本会議も賛成陳情採択。
そのすぐ後に岩切市長も増設に同意をしたのでした。
「判断を延ばせば市民に混乱が生じる」
という理由でした。



これからしばらくは署名活動をします。
「かざぐるまフレンドシップキルト」もできつつあります。














川内原発のことを考えている方、
つゆくさ会にいらっしゃいませんか?


2011年4月14日木曜日

鹿児島県議会議員選挙で薩摩川内市民もがんばりました

4月10日は鹿児島県議会議員の投票日でした。
私が住む薩摩川内市区からは
4人の候補者が3議席を争っていました。

現職の自民党議員さんが3人に
無所属新人のとおじまさん。

この中でとおじまさんだけが反原発を訴えていました。

選挙ポスターにも「3号機増設見直し」


















3号機増設の話が出てきてから2年余り、
薩摩川内市民は常にこの問題に向きあってきました

市の原発特別委員会、市、県と、
増設に向かってシナリオ通りに突き進んでいく中で、
「もうこれしかない」という手段が今回の選挙でした。


とおじまさんは産廃問題にも関わっています。
今回の選挙は産廃の反対運動の方々も頑張っていらっしゃいました。

私も不勉強でよく知らなかったのですが、
日本各地の産廃で「シートが破れる」「地下水汚染」などの問題が起きているそうです。
市の広報だけを見ていたのでは分からなかったことばかりです。

こういうことは原発の問題によく似ています。
「原子力広報薩摩川内」などで繰り返しきれいで安全な部分だけを見せられるのです。
そして「もうこんなにお金を使っているんだから仕方がないのですよ」と思わせられるのです。

電源立地交付金による事業紹介
「原子力広報薩摩川内No24」





























以前署名活動をしていたときには
「もうあんなにホテルがいっぱい建っているんだから
原発作らないわけにはいかないんじゃない」
という人もいました。

なぜホテルと原発が関係あるかというと
工事や定期検査でたくさん人が入るからと言われています



















自民党議員が議席を独占していたことと
その間に産廃や原発の建設が持ち上がったことには何か関係があるのでしょうか?
それとも偶然でしょうか?
(議員活動の成果かも…)


話はもどって、
選挙の結果はとおじまさん当選でした。

選挙前に私が声をかけた人は
「とーじまさん?誰?」
という反応を示す人が圧倒的多数。
「原発反対しているのは○○さん(自民)だけでしょ。」
という勘違いの人や、
「とおじまさんがひっちゃれるってみんな言ってるよ。」
という人も。

でもちゃんと説明をしたら、
「原発に反対してくれる人を選ばないとね。」
という人がほとんどでした。

福島の事故がなければここまでの結果はなかったかもしれません。
それを思うと複雑な心境でもあります。

でも、選挙で終わりではありません。

産廃はもうじき着工とのうわさもあります。
原発も「あの時もっとがんばって止めていれば」
ということになってはいけません。

市民の声を届けるパイプができたので、
声をあげなくでは!です。

デモやイベントに比べると
議会の傍聴や陳情書を書くことは地味ですが、
みんなでやると楽しいかもしれません。

まずは意思表示!















全国各地で脱原発デモに初参加した方がたくさんいらっしゃったようです。
今度は地元の議会に若い人がたくさん傍聴に行くというのもよいかもしれません。

2011年4月6日水曜日

川内原発を止めるための緊急キャンペーンがありました

4月3日(日)、14:00~川内駅前(鹿児島県薩摩川内市)で
「原発を止めるための緊急キャンペーン」がありました。

今まで鹿児島市内ではデモパレードなどはしたことがありましたが、
薩摩川内市内では初めて。

天文館でのデモ

川内原発から50km離れている鹿児島市では
直接原発で働いたり、補助金の恩恵を受けている人は少ないのですが、
地元では関係者がどっさり。

心の中では「原発反対」「原発事故は怖い」と思っているけど、
この場には参加できないという薩摩川内市民もたくさんいます。
私も知り合いに出会ったりしてドキドキです。

テレビカメラも来ています


そんななかたくさんの仲間が集まりました。
約50人(?)。

ひとりひとり思いを話しました













思いを書いて参加した人も












横断幕もたくさん集まりました












歌もありました












署名も












この日も赤ちゃんポスター持参

















その後、3号線沿いにある九州電力川内営業所へ移動。

移動中












子どもたちも頑張りました












到着・おまわりさんも到着












日曜日なので営業所はお休みでしたが、
ここでもマイクでアピール。

道ゆく人にもアピール












赤ちゃんといっしょに避難してきた人も












川内駅は市役所などとも近く、
川内原発からは約10kmの距離。

今回福島で避難指示が出されたのは20~30kmの範囲。
もし川内原発で同じようなことが起きたら、
川内駅周辺も無人地帯になってしまいます。

福島では多くの人々が生活を奪われました。


今、薩摩川内市ではたくさんの人が原発に関わって働いています。
生活の糧です。

でも、それ以上の人々の生活を奪うかもしれないということも事実です。
そのことから目をそむけ続けることはできません。

川内の原発も地盤に問題がある上に
地震による被害、老朽化の問題を抱えています。

3号機増設住民投票条例制定署名